英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


訃報: Peter Ladefoged

 僕の訳書『音声学概説』の原著者である、UCLA名誉教授の Peter Ladefoged 氏が亡くなったという知らせが届いた。以下に引用する:

On Thu, 26 Jan 2006 10:01:39 +0000
John Wells wrote:
The IPA is in mourning. Many of you will already have heard the sad news that Peter Ladefoged has died, at the age of 80. He was taken ill on arriving back in London after a successful field work trip to India, and died in hospital. At the moment we have no further information.
John Wells

写真は、翻訳完成直前に、最終確認のために Peter の自宅を訪れたときのものだ(1999年1月6日。デジカメでないので、影で失敗してもやり直しができなかった)。それまで、電子メールを使って色々なことに関して質問攻めにしていたのだが、やはり最後は差しで話し合うのが良いと思ってのことだった。親切にも、Peterは自宅に僕を泊めてくれたのだ。2泊だった。

僕が訳したのは A Course in Phonetics 第3版。僕の訳書が出て半年後には4版が出てしまうというタイミングだったが、その端書きに “Takehiko Makino made numerous astute observations while translating the third edition into Japanese.” とあるのは僕の宝だ。

そして去年、”This is the first complete revision of this book since its original publication in 1975.” と端書きで語った、マルチメディアCD-ROM付きの第5版が出版された。

現時点で、UCLA言語学科音声学実験室のサイトには、昨年9月15日に80歳を迎えた Peter へのお祝いメッセージが様々な形で掲載されている。( http://www.linguistics.ucla.edu/faciliti/plbday/top_page.html ) これは、そのうちに追悼のメッセージによって置き換えられることになるのだろう。詳細がはっきりしたら、僕も何らかの形でメッセージを贈ろうと思う。

アメリカで活躍しながら、最終的に祖国イギリスで一生を終えたのは、Peter にとって幸いなことだったのだろうか? 奥さんの Jenny はどうしているのだろうか? 色々なことが心を巡る。

一つ心に決めたのは、遺作となった第5版の翻訳を、何とか出版社を説き伏せて絶対やるぞ、ということ。全く新しい本に生まれ変わり、これが恐らく Peter がたどり着いた結論であるはずなのに、古い第3版の訳書を増刷するなどということがあってはならないと思うからだ。

もう一つ、Peter が晩年になってむしろ creativity を増したことを示す、斬新な Vowels and Consonants (Blackwell, 2000年初版、2005年第2版)の翻訳もどこかの出版社でやりたいということだ。僕が『月刊言語』で連載した「新しい音声学入門」は、この本の初版の斬新な構成を見本にしなければ成立しなかった。音声学に全く新しい風を吹き込んでくれたと言っていい作品だからだ。思えば、自宅を訪れたときに「これも訳してくれよ」と言ってたっけ。

2003年夏のバルセロナでのICPhS(国際音声科学者会議)で見かけたときも颯爽と動き回っていて、これはまだ当分元気で研究を続けるな、と思っていた。上の引用によれば、インドでのフィールドワークを終えてということだから、正に生涯現役だったということになる。もっと色々なことを教わりたかったというのが偽らざる気持ちだ。

この記事は、英語の音声とは直接関係はないが、心の整理をつけるためにも書かずにはいられなかった。でもきっと、尊敬する音声学者の数だけこういうことを書いてしまうのかな…。

追記: Peter は、まだ本を新たに書き下ろしていたようだ。最初の2章が ここで公開されている。上記第5版が“結論”だなんて、とんでもない話だったということだ。これが完成されないままに終わってしまったことがただ残念で、悲しい。



“訃報: Peter Ladefoged”. への1件のコメント

  1. UCLAで言語学を勉強した者です。たった今学校の追悼ページを見つけ、読んでおりました。Prof. LadefogedのA Course in Linguisticsは、Phoneticsのフィールドでは聖書的本ですよね。 学校では一度だけしかお見かけしたことがないのですが、偉大なLinguistがいなくなってしまったことを知り残念です。Phoneticsと私の興味のあるEndangered Languageの第一人者ということで、とっても残念に思います。

    いいね

コメントを残す