英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


「英語教師のための発音ブラッシュアップ講座」の感想(1)

雑誌『英語教育』2015年11月号(第64巻9号、大修館書店)に「英語教師のための発音ブラッシュアップ講座」という特集が掲載された。このブログをずっと放置してしまったので、これをいいきっかけにして、自分自身の思考の活性化も兼ねて、この特集の各記事について、数回かけて順に批評してみることにする。特集記事の陣容は以下のとおりである。

  • 西垣知佳子「英語教師が目指す発音:教師の発音のより良きおつき合い」
  • 里井久輝「文レベルでの発音:プロソディ」
  • 浅見道明「単語レベルでの発音:アクセント」
  • 靜哲人「違いの分かる発音を:母音編、子音編」
  • 斉藤一弥「聞き取りやすい英語発音力を習得するために」
  • 川越いつえ「英語の発音を知る:フォニックスから学べること」
  • 新谷敬人「小学校教員のた目の英語発音講座」」
  • 榎本勝也「スキマ時間活用!通じやすい英語トレーニング」
  • 和泉伸一「(コラム)私の英語発音訓練法」
  • 岡田信一/奥村真知「(コラム)自分の発音を知るために:発音矯正ソフト『発音検定®』の活用」
  • 手島良「(コラム)教師のための発音向上ガイド」

今回は前置きだけでもいいのだが、発音について、同誌の編集後記にある記述が気になったので、まずはここを批評したい。

「ニューアーク!」と窓口で叫ぶと、係の人は、はぁ?という表情で、“nuːjɔrk? njʊərk? njuːɑrk?”と尋ねてくるではありませんか。

ここで問題にしたいのは、発音表記の中にあるイタリック体のrである。イタリック体のrは、「母音の後のr」を発音する標準的アメリカ発音と、発音しない標準的イギリス発音を、辞書などスペースが限られた条件下で一つにまとめて書くための工夫の一環として用いられているものである。一般的に、rを生かせばアメリカ発音、削除すればイギリス発音となるが、要は、rを発音する場合と発音しない場合を両方想定して、どちらにも対応できるようにした表記である。

しかし引用した文章の状況では、具体的にその言葉が発せられている。つまりrが発音されているかいないかは確定しているのだ。それなのにrをイタリック体にして、rが存在する場合とそうでない場合を両方表記しようとするのは、明らかな間違いである。

もっとも、この文の筆者は実際にrの有無を日和ったわけではないだろう。イタリック体のrについて広く存在している誤解として、「イタリック体のrそのものが何らかの発音を示している」というものがあると私は見ている。おそらく、そういうつもりでこの表記を使ったのだろう。英語教育関係の雑誌の編集者であれば、イタリック体のrぐらい正しく理解して使って欲しいとは思うのだが、平均的な英語学習者が持つと私が疑っているような、発音表記についての誤った認識が存在することの証明になっているので、ある意味では嬉しい発見であった。

しかし、このようなイタリックrの使用は、実のところ、専門家が書いているはずの辞書にも見られるのである。試しに手許の英和辞典で clerk の発音を調べてみて欲しい。hooked schwa を使う辞書なら /klɚːk | klɑːk/ となり問題は起こりえないが(/米音|英音/ で、アクセント表記は省略する)、イタリック体のrを使う辞書では /kləːrk | klɑːk/ となっているのがほとんどである。米音では母音の後のrを発音するという表記上の約束からすれば、このrをイタリック体にするのはおかしい。発音されていることになっているのだから、rは立体でなければならないのだ。結局、ほとんどの辞書は、イタリック体のr、あるいは /əːr/ という表記そのものが何か具体的な発音を表しているような扱いをしているということになる。実際には、bird /bəːrd/ のように、基本的には米音英音をまとめて示すための表記を、両者をまとめて示すことのできない語にまで無意識に機械的に使ってしまったというのが実情だろうけれども。

私自身がかかわる辞書ではこの矛盾はつぶした。もっとも、clerk /kləːrk | klɑːk/ を /kləːrk | klɑːk/ に直したところで、利用者がこの語を正しく発音する手助けをできる度合いは、いささかも改善されないだろう。しかし、表記体系として齟齬を来しているようでは、辞書全体の信用にかかわる。気がついたからには修正しないわけには行かなかったのである。

編集後記の批評で済ませるつもりが、関連する話の方が長くなってしまった。しかし、これこそ自分の思考が活性化された現れだろうから、これからもこういうスタンスで書いていくことにしたい。



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