また長期にわたって記事を書かずに放置してしまった。これには理由があり、その最大のものは、『グランドセンチュリー英和辞典』第4版の執筆作業が山場に入ってしまったことだった。これはこの冬に刊行された(奥付は2017年1月10日)。刊行されるまではその内容について口外したり、記事を書いたりということをするわけにはいかない一方、頭の中で考えているのは発音表記の内容がほとんどだったので、記事を書くことができなかった。晴れてその制限は解除されたので、この辞書の発音表記について書くことにしたい。
辞書として大々的に宣伝されているわけではないが、発音表記の刷新は今回の大きな改訂点の一つである。その内容を簡潔に言えば、アメリカ発音のrの音色の母音を表すために新たに hooked schwa(かぎ付きのシュワー=ɚ )を採用したこと、そして、このブログの過去記事「学習用英和辞典にイギリス発音の表記は必要か?」(2006年11月23日)で指摘した矛盾を解決するために新たに ɒ の記号を採用したこと、が主なものである。なお、発音解説そのものはこの辞典のWebサービスのサイトに公開されており、発音も聞くことができる。
hooked schwa が研究社以外の学習英和辞典で採用されるのは、これが初めてのことである。中学2年で初めて買った英和辞典が、国内の学習英和辞典で初めてこの記号を採用した『ユニオン英和辞典』第2版(研究社、1978年)だった僕にとっては、これは悲願の一つであり、三省堂で辞書の仕事を始めてからの懸案でもあった。今回はこの hooked schwaの採用に伴う発音表記の読み方について簡単に解説してみたい。なお、記号に付した番号は、発音解説の中での番号に対応している。
hooked schwa の採用
18 /əːr/、25 /ər/ → 18 /ɚː | əː/、25 /ɚ | ə/
以前はイタリック体のrを使ってアメリカ発音とイギリス発音をまとめて示していたものに、アメリカ発音でhooked schwaを導入してイギリス発音と書き分け強母音の18を /ɚː | əː/、弱母音の25は /ɚ | ə/ とした。
具体的な単語で示せば、18に関しては bird /bɚ́ːd | bə́ːd/, learn /lɚ́ːn | lə́ːn/ 、25に関しては letter /létɚ | -tə/, persist /pɚsɪ́st | pə-/ のようになる。
従来の表記では bird /bə́ːrd/, learn /lə́ːrn/ 、letter /létər/, persist /pərsɪ́st/ だったため、スペースを余計に食ってしまうのだが、イギリス発音でrを削除して読む一方で、アメリカ発音では ə と r をまとめて ɚ と解釈するといった複雑な約束事を伴わずに、記号の音価を覚えさえすればそのまま読めるという利点を重視した。
また、従来の表記ではfurryが /fə́ːri/ となってしまい、アメリカ発音とイギリス発音の違いを全く表せないが、この方式であれば /fɚ́ːri | fə́ːri/ のように明確に区別できるという利点もある。同様に hurry の従来の表記 /hə́ːri | hʌ́ri/ でも、見た目では区別されているが、アメリカ発音が適切に表されているとは言えなかった。/hɚ́ːri | hʌ́ri/ であればその問題もなくなる。
これに伴い、rの音色の母音が第2要素となっている「rの二重母音」も、
19 /ɪər /、20 /eər /、21 /ʊər / → 19 /ɪɚ | ɪə/、20 /eɚ | eə/、21 /ʊɚ |ʊə/
とした。単語の例を挙げれば hear /hɪ́ɚ | hɪ́ə/, share /ʃéɚ | ʃéə/, cure /kjʊ́ɚ | kjʊ́ə/ のように表記している。これも、記号を直接読めば発音できるという利点がある。
22 /ɑːr/、23 /ɔːr/ → 22 /ɑɚ | ɑː/、23 /ɔɚ | ɔː/
これらについては r を生かすかどうかだけで米音と英音の区別ができるため、hooked schwa導入の必要性は最も低かった。しかしここだけを例外的に扱う理由はないので、同じ扱いにした。far /fɑ́ɚ | fɑ́ː/, store /stɔ́ɚ | stɔ́ː/ のようになる。
国内で研究社以外の英語辞典が hooked schwa を採用した例は、学習辞典に限定しなければ、『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店、2001年)があった。しかし、この辞書の hooked schwa の使い方は一風変わっていて、bird に対して /bɚ́ːd/ とだけ書いてあるものを、米音で /bɚ́ːd/、英音で /bə́ːd/ と解釈するということになっていた。つまり、従来 /əːr, ər/ と表記されていたものを丸ごと /ɚː, ɚ/ に置き換え、アメリカ発音ではそのまま、イギリス発音では /əː, ə/ に変換して読むというしくみである。スペースの制限をあまり気にしなくていいはずの大辞典で何故、このようなやり方で米音と英音を折りたたんで示さなければならない必然性があったのかは分からない。19~23の「rの二重母音」が関わる表記まで含めると、かなり複雑な変換をして読む必要があり、hooked schwa を採用する利点があまり感じられないのではないかという印象もあったのである。
今回の『グランドセンチュリー英和辞典』第4版での hooked schwa の採用は「見たままを読む」原則を発音表記について推し進めた結果なので、正しい発音を知るために便利に使って欲しいと思う。
次回の記事では、hooked schwa 以外の改変について解説する。
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