以前のブログ記事「アメリカ英語のrにおける舌の形」は Peter Ladefoged, A Course in Phonetics の5版(2005)からの引用だった。これはRobert Hagiwara (1995), “Acoustic Realizations of American /r/ as Produced by Women and Men.” UCLA Working Papers in Phonetics 90 に基づいた記述で、南カリフォルニア出身のUCLAの学生15人に対して、口に綿棒を入れて舌先の上面・先・裏面のどこに触れたのかを調べたものから推定した形状であった。舌先以外の形に関しては Delattre an Freeman (1968), “A dialect study of American r’s by x-ray motion picture.’’ Linguistics 44 (有料だが https://doi.org/10.1515/ling.1968.6.44.29 で閲覧できる)を踏襲したのだと思われる。
しかし今の目で見ると、地域的偏りのあるわずか15名の話者から、かなり不自然なやり方で採取したデータで、retroflex 60%、bunched 35%、両者の中間 5%という数字を導くのは無理があったと言わざるを得ない。最近の研究 Suzanne Boyce, et al. (2015), “Diversity of tongue shapes for the American English rhotic liquid.” Proc. 18th ICPhS ではむしろ bunched の方が多いようなデータ(これも被験者は少数)が示されているので、実際のところ、どのタイプが多いのかということは不明と考える方が妥当だろう。A Course in Phonetics の現行第7版(Peter Ladefoged and Keith Johnson 2015)で、異なるrの形状の比率についての記述が無くなっているのも、それを反映したものだろう。
なお bunched r が何故この音質になるのかということを声道の形状から計算で導くことのできる音響モデルが存在しないらしいとも、その記事では書いたが、これは僕の不勉強だったようだ。(それよりもっと以前に、phonet という音声学メーリングリスト上で Keith Johnson 氏から言われた内容を自分で更新していなかったのが原因である。)
Carol Epsy-Wilson, et al. (2000) “Acoustic modeling of American English /r/.” JASA 108 は、bunched r の音響モデルを提示した研究である。その後、Xinhui Zhou, et al. (2008), “A magnetic resonance imaging-based articulatory and acoustic study of ‘retroflex’ and ‘bucnehd’ American English /r/.” JASA 123 では bunched とretroflex の違いが(言語音の区別には使われないとされる)第4・第5フォルマントの間隔の違いとして現れているということも明らかにされている。(僕自身はこれらの研究の計算内容を十分に理解できないのが残念だが)。
更に近年、上智大学の荒井隆行教授は、これらの研究を参考にして、両方の形状から実際に音を出すことができる模型の製作にも成功している。”Retroflex and Bunched English /r/ with Physical Models of the Human Vocal Tract.” Proc. Interspeech 2014.
Zhou, et al. (2008) が示しているように、bunched と retroflex に安定した音響的違いがあるのであれば、非常に手間のかかる動画撮影をする代わりに、大量のデータを音響分析することで、rにおける異なる声道形状の比率を調べることができるようになるのかも知れない。
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