辞書により発音表記体系に違いがあるのはよく知られていることだが、強勢/アクセントの表記体系にも違いがあることはあまり知られていない。これには大きく分けて2つの方式がある。それは、
- 成句・合成語の中に第1強勢/アクセントを1つだけ認めるもの
- 成句・合成語の中に第1強勢/アクセントが複数起きることを認めるもの
である。
実例を見ておこう。1つめは1の方式を使う『ウィズダム英和辞典』、2つめは2の方式を使う『ジーニアス英和辞典』の表記で、どちらも、表している発音は同じものだ。
kìll twò bìrds in òne stóne
kíll twó bírds in óne stóne
成句にアクセントを表記しない英和辞典もあるが、そういうものでも合成語では違いが現れる。2の方式を使う『リーダーズ英和辞典』では ábsentmínded と表記しているが、同じものを『ウィズダム英和辞典』では àbsent-mínded と表記している。
OALDなどの学習者用英英辞典や、発音辞典で採用されているのも1の方式で、実は辞書の世界では2の方式は旗色が悪い。
2の方式は『日本人のための英語音声学レッスン』で採用した枠組と同じだ。これは「文アクセント」と「イントネーション」を峻別して扱い、原則として全ての「内容語」が第1アクセントを持つものとした。その上で、イントネーション句の中で最後の第1アクセントが、イントネーションの「核音調」を担うという説明方法を採った。
このやり方には、文アクセントを付与する法則が単純化できること、および交替リズムによって第1アクセントと第2アクセントが交互に現れようとする傾向を説明しやすい、という利点がある。
但し、辞書ではこの利点は十分に活用されていない。実際、上の『ジーニアス英和辞典』の表記では、リズム上は two と one を第2アクセントに格下げする方が相応しいが、そのようにはなっていない。
更に、利用者が「最後の第1アクセントに核音調」という法則を知らないとうまく発音できないという意味で、辞書のアクセント表記をスタンドアローンで使うときに必要とされる前提知識が増えるという難点もある。
1の方式、つまり「成句・合成語の中に第1強勢/アクセントを1つだけ認める」というやり方は、第1アクセントすなわちイントネーション句の中の音調核であるとすることで、アクセント表記で同時にイントネーションも示すものだ。辞書の記載をスタンドアローンで使う場合にはこの方が便利な場合が多いだろう。それが、多くの辞書でこの方式が採用されている理由だと思われる。
辞書の世界を超えて文アクセント一般の話になると、1の方式ではアクセントを付与するときの法則を「最後の内容語は第1アクセント、それ以外の内容語は第2アクセント」というやや複雑なものにする必要がある。そして交替リズムを表す術がないという点も物足りない。
もっとも、交替リズムを表記する可能性に関しては、2の方式を使う辞書でも活用されていないので、現実にはこの点に違いは出ていない。しかし英語音声学の体系を記述する上ではこの利点は重要だと考え、自著ではこれを採用した。
実を言えば、僕は研究社の辞書から三省堂の辞書に移籍したときに、この流儀の違いに対応・順応することになった。研究社の『ライトハウス英和辞典』は2の方式、三省堂の『グランドセンチュリー英和辞典』は1の方式を採用していたからだ。
もちろん、発音の責任者は僕なので、方針を変えて『グランドセンチュリー英和辞典』を2の方式に変えてしまうこともできただろう。しかし、別記事でも紹介したように、僕は他にも発音表記体系の改変を数多く行うことにしていたため、それ以上の改変に乗り出すことは控えた。辞書のデータ量は膨大で、全てに対して一貫した扱いを徹底する必要があるので、おいそれとシステムをいじることはできないのだ。
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