『文レベルで徹底 英語発音トレーニング』が本日発売されました。各種オンライン書店へのリンクはこちらにあります。

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この本では発音のモデルとしてアメリカ西部発音、より具体的にはカリフォルニアの発音を採用しました。この変種には /ɑː/ と /ɔː/ の区別が /r/ の直前を除いて存在せず、全て /ɑː/ になります。そのためlawは /lɔː/ でなく/lɑː/ と発音されます。この西部発音もアメリカの標準的発音の範囲内と考えられているので、特殊な発音だと身構える必要はありません。
発音に基づくアメリカ英語の方言区分は、社会言語学者 William Labov /ləˈboʊv/ が Atlas of North American English (2006) で提唱したものが今の議論の基盤となっています(研究の世界には「決定版」はありません)。この本には対応するWebサイトがあったのですが、Flashを使っていたことが災いして今は閲覧不能になっているので、この区分に基づいて音声を収集した Nationwide Speech Project による地図を貼り付けておきます。西部は西側半分の空色の部分です。

参考までに、『日本人のための英語音声学レッスン』はKansas州北東部のLawrenceでレコーディングし、Kansas City 近辺の話者をナレーターとして使いました。これは地図上では緑色で示された中部発音に含まれる場所です。この変種では /ɑː/ と /ɔː/ の区別がある話者とない話者が混在しているとされており、実際に2人のうち男性は区別あり、女性は区別なしでした。最初から意図していた訳ではないですが、結果的に中部発音を象徴する音声を収録できたわけです。
本書では、前著のようにアメリカ現地レコーディングなどという無謀なことはせず、日本国内で収録することが前提でした。そもそも日本在住のアメリカ人ナレーターは、西部発音の持ち主が多数派のようです。それが、西部発音を採用することにした最大の理由です。また、区別しなけれはならない母音の数が「教科書的」アメリカ発音(俗に「一般米語」General American とも呼ばれます)よりも少なく、学習のハードルが少し低いということも考慮しました。
僕が聞く範囲では、日本で作られている英語教材の多くでも付属音声は西部発音です。日本在住のナレーターの多くがこの発音を持っている以上、それは無理からぬことです。これは本文に書こうとしてやめたのですが、日本で出ている発音教材の中には、モデル音声に /ɑː/ と /ɔː/ の区別がないのに、違う音として区別して発音させようとしているものがあります。辞書の電子版で聞くことのできる発音でも、発音記号上は違うことになっていながら、同じ発音になっているものがあります。試しに、お手元の電子辞書で not と naught の発音を聞き比べてみてください。
/ɑː/ とは区別された /ɔː/を持ついわゆる一般米語発音は、上の地図上では赤で示されている「内陸北部」の伝統的発音に最も近いとされます。このあたりの話者は、恐らくは日米間の人的交流のあり方の事情があるのか、日本では頑張って探さないと見つからないのです。
しかも内陸北部には「北部都市母音推移」という音変化があり、その影響下にある話者はいわゆる一般米語からずれた発音を持ちます。例えばnotは[nɑt]でなく、ほとんど[næt]のようになり、伝統的一般米語に慣れた耳にはgnatに聞こえます。これは東部中心のアメリカメディアでは結構聞かれる発音ではあるのですが、わざわざ苦労して探した結果がそういう発音になってしまうとしたら、それを採用すべきなのかどうか。結局は教科書的発音とは違っている訳ですから。
更に、最近は内陸北部の話者が西部発音になびく傾向も指摘されています。その点からも西部発音を学習上のモデルにすることには合理性があると思います。
採用できるナレーターの持つ変種という現実があるため、日本で教える英語の発音はアメリカ西部発音に絞ってしまった方がきちんとした教材が作れると思います。なお、アメリカの外国語話者向け学習英語辞典 Merriam-Webster Learner’s Dictionary は記載内容にも音声にもこの発音を採用しており、ELT業界の一部でもこれは実行されています。
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