日本の英語学習者には、英語のwarmを「ワーム」と発音する人が少なくない。これは母音部分に相当するつづり字が ar なのが原因と考えられる。意図としては米音で */wɑɚm/、英音で */wɑːm/ といったところだろう(この記事では引用の場合を除き、単音節語の強勢表記を省略する)。
言うまでもないことだが、このような発音は規範的には間違っている。英語では、/w/ (つづり字としては w, wh, qu)の後のつづり字 a, o, ar, or(いずれも「短音」読みの場合) はそれぞれ o, u, or, ur として読むのが法則で、warm の規範的発音は /wɔɚm | wɔːm/ となる。カナ書きするなら「ウォーム」あたりが妥当なところだ。
※ この中で、aの短音読みの場合はoとして読むというのはあまり規則的とは言えない。特に後続が /k, g/ の場合(wack, wag, waggle, wagon, wax, whack, quack など)は a のまま /æ/ と読む方が規則的である。他に wank, swam も /æ/ である。また米音では what は /wʌt/ の方が /wɑːt/ よりも優勢である(英音では規則的な /wɒt/)。want にも /wɑːnt| wɒnt/ の他に /wʌnt/ がある。
『文レベルで徹底 英語発音トレーニング』の序章6ページに「たとえばwarmの発音は /ˈwɔɚm/ ですが、これを誤って /ˈwɑɚm/ と発音してしまうと、当然ながらこの単語だと認識してもらえません」と書いたのは当然、これが頭にあったからだ。
しかし、この本が刊行への追い込みに入っていた昨年後半、warm を英語の母語話者が「ワーム」と発音している例にいくつか出会った。
まずは、Voice of America で2021年10月19日付のニュース “UN Report: Africa’s Glaciers to Disappear in Next 20 Years.” の開始から1分32秒の音声。この文の中の warns と warmer を比べて聞くと、warns は /ˈwɔɚnz/ なのに対して、warmer は /ˈwɑɚmɚ/ になっている。/ɑɚ/ が出てきていること自体驚きだが、音声環境もつづり字も同条件の warns では規則的な /ɔɚ/ が使われているというのに /ɑɚ/ になっているというちぐはぐさも不思議だ。
VOA の Special English は単語を1500語レベルに抑えているのに加え、読み上げるスピードも異様なほどゆっくりなため、それが影響して普段の発音ができなかったのかな、とその時は考えた。
ところが、今度は National Public Radio でも同じような例に出会った。ニュース番組 All Things Considered で2021年12月14日に放送されたニュース “A gloomy report card from the Arctic.” で、ゲストの気象学者 Twila Moon 氏が何回か言っているwarmの発音は全て /wɑɚm/ になっている。これはほぼフリートークなので、不自然な発音を強いられた結果とは考えられない。この人はこの単語を普段からこの発音で言っているのだろう。
Twitterで、英検準1級の過去問にもそういう発音があると教えてくれた人もいた。開始から6分20秒のあたりだ。
母語話者のこのような発音を聞くと、「この単語だと認識してもらえ」ないという記述は行き過ぎだったという可能性を考えざるを得ない。
これには /w/ の後では /ɔɚ | ɔː/ と /ɑɚ| ɑː/ は本当に対立しているとは言えないことが影響しているかもしれない。そもそもこの位置には /ɑɚ | ɑː/ がほぼ分布しない。Edwardian のように /ɑɚ | ɑː/ が辞書に記載されている単語でも /ɔɚ | ɔː/ が第2候補として挙がっている。quark, quart にも両方の発音がある。
つまり、/ɔɚ | ɔː/ しか現れない単語と、/ɔɚ | ɔː/ でも /ɑɚ | ɑː/ でもいい単語はあるが、これらにより区別される最小対は存在しないということだ。その観点からすれば、warm を「ワーム」と発音したとしても、大きな問題は生じないとも言える。但し、全員とは言わないまでも、大部分の人が /w/ の次に現れた /ɑɚ | ɑː/ を /ɔɚ | ɔː/ と同等であると受け取るのかどうかは分からない。それを知るには客観的な調査が必要だろう。
なお quark に関しては、英語を母語としない世界中の理論物理学者が口にする機会が多い単語であることが影響しているのかもしれない。/w/ の次の母音字の読み方がそれ以外の音の次の場合とは違うということが、非母語話者全てに浸透している訳ではないためである。
発音学習上は当然、規範的な /wɔɚm | wɔːm/ が目標になる。しかし /wɑɚm |wɑːm/ の存在も否定はできないため、そのような発音を聞くこともあることは認識しておいてもいいだろう。
追記:フランス語からの新しめの借用語である memoir, repertoire, reservoir の末尾は、英音では /wɑː/ のみが現れることに気がついた。しかしこれらは、この珍しい音連続がフランス語からの借用語らしさを醸し出していると言える。米音では repertoire は /wɑɚ/ のみ、memoir, reservoir は /wɑɚ, wɔɚ/ 両方が現れるというのが辞書の記載だが、ほとんど同じつづり字・音声環境のこれらの単語に、本当にこのような差があるのかどうか、個人的には疑わしいと感じる。可能性を強いて言うなら、repertoire の方がより新しく、英語の語彙への統合度が低いということなのかもしれない(Merriam-Webster辞典によると、英語での初出はmemoir が1571年、reservoir が1690年に対して repertoire は1819年)。
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