英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


IPAにおける a, ɑ, g, ɡ

この記事のタイトルからして、この問題の複雑さを反映している。恐らくは、この記事を閲覧する環境により、終わりの4つの記号の書体の違いがバラバラになっているだろうから。

ここで意図しているのは、1番目と3番目が活字体、2番目と4番目がブロック体になっている形である。今これを書いている環境では、最初の2つのaは意図したとおり活字体とブロック体になっているが、後の2つのgは2つともブロック体になってしまっている。

つまり、文字で書いたのでは今回の問題はうまく伝わらない。そこで、こんな画像を作ってみた。

IPAでは正規の「有声軟口蓋破裂音」を表す記号はブロック体のgであり、子音表の中でもその形が使われている。上記にあるように、文字コードもローマ字のgとは別だ。とはいっても、活字体のg(縦に並べた○を線でつないだような形の字)を使ったとしても意味は変わらないので問題はない。

それどころか、フォントによっては、文字コードが違うそれぞれの記号が、全く同じブロック体で表示されてしまうのだが、音声表記をする際の実害が生じるわけでもない。逆に、出版物では活字体を用いているものが多い。20世紀の中旬頃には、どちらかを調音位置が前寄りの場合に用いて区別しようという議論がなされたことがあるが、幸いなことにそれは採用されなかった。

他方、活字体のaとブロック体のaはIPAでは別の文字である。活字体(上に庇のようなものがある形)は「低前舌非円唇母音」、ブロック体は「低後舌非円唇母音」を表す。ところが、これもフォントによっては、どちらを入力してもブロック体で表示されてしまう。ここで例に使った「UDデジタル教科書体」では、よく見ると少しだけ形が違っているが、区別して使えるようなレベルの違いではない。音声表記をするときは、そのようなフォントを避けないと不都合が起こる

個人的に困っているのは、iPhone/iPadの「メモ」アプリだ。どちらを入力しても、全く同じ形のブロック体が表示されてしまう。設定によってフォントを変えることもできるが、どのフォントを選んでも同じ結果になってしまうので、どうしようもない。気軽に使えるのが利点のはずのアプリだが、このことがあるために、音声関係のメモをするのには使えない。

(それ以前に僕はPCはWindowsなので、PCとの連携ができないこのアプリではなく、OneNoteを使うように努めているが、やはり手軽さに差があるので、とりあえず「メモ」アプリでメモをして、PCに取り込みたくなったものはOneNoteにコピーするということをしている。しかし音声関係だけは最初からOneNoteを使うというイレギュラーな処理をせざるを得ない。)

少し話がそれるが、アメリカの古めの本では、活字体のaを使っているからといって前舌母音を意味していないものが多かった。たとえば hot の音素表記が /hat/ となっているような具合である。そもそも、活字体とブロック体という書体の違いを記号の違いとして用いることは、上記のフォントの処理を考えても得策ではないと思う。イギリスの本だが、Roca & Johnson, A Course in Phonology (Blackwell, 1999) では、そのことを嫌ったのか、ローカル用法として、低前舌母音には活字体の a ではなく æ を使い、低中舌母音として a を使っている。

「非円唇低中舌母音」を表す記号がないことは、IPAで議論になったことがある。たとえば、William J. Barry and Jürgen Trouvain (2008), “Do we need a symbol for a central open vowel?” JIPA 38.3, pp. 349 – 357 (リンクは有料購読しないと読めません)がそうである。新たな記号の導入が検討されたが、現状維持となって今に至っている。確かに、今の記号体系で文献が蓄積されているので、あまりドラスティックに変えると、新しい世代が古い文献を読むときの妨げになるということもあるだろう。なので、ここで僕が書いた、活字体とブロック体のaを別の記号としているのはよくない、という問題も、解決される見通しはなく、注意を払って使い続けるしかないということだろう。



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