英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


『グランドセンチュリー英和辞典』第4版(三省堂)の発音表記について(3):その他の変更と残された課題

その他の変更

(a) tune /t(j)úːn | tjúːn/ → /túːn | tʃúːn, tjúːn/

米音に関しては、強音節における /t, d/ の後の long u (/juː/)について、いわゆる yod-dropping を起こした発音のみを提示することにした。この音について、/juː/ のように感じられる発音も聞かれるが、これはむしろ、Labov, Ash and Boberg (2006) Atlas of North American English で中部発音について指摘されている、/uː/ が全体に前寄りになり中舌円唇母音の [ʉ] ないし、果ては前舌円唇母音の [y] に近くなっているものがそう聞こえているのだと考えられる。

なお、このように前寄りになった発音が、将来的に breaking を起こして [ɪʊ̯]、更には [juː] へと「戻る」可能性もあるだろう。しかしこれはもちろん未来の可能性であって、実際にそうなるかは分からない。

英音については、/tj/ が融合して /tʃ/ となる発音(/dj/ に対する /dʒ/ も同様)を入れ、なおかつこれを第一音とした。イギリス音の扱いについては、Longman Pronunciation Dictionary 第3版(2008年)ではなく、Cambridge English Pronouncing Dictionary 第18版(2011年)を範としたことになる。この選択には、LPDの編者 John Wells が、ある学会の講演でLPD3版について触れたとき、「ひょっとすると /tʃ/ を採用するべきだったかも知れない」と言っていたことも念頭にあった。

(b) new /n(j)úː | njúː/ → /núː | njúː/

上記 tune の場合と同様だが、鼻音は /j/ と融合することはないため、英音は変更しなかった。

残された課題

今回の刷新で、辞書の発音表記のシステムについては、やりたいことをほとんど実現することができた。しかし、若干の心残りがあることも事実である。

(a) 19 /ɪɚ | ɪə/、20 /eɚ | eə/、21 /ʊɚ |ʊə/ の後に母音が続いた場合の表記

ここでは従来と同じ serious /sɪ́(ə)riəs/, fairy /fé(ə)ri/, jury /dʒʊ́(ə)ri/ のような表記を採用し、

  • アメリカ発音ではカッコの中の /ə/ を削除して serious /sɪ́riəs/, fairy /féri/(ferryと同じ), jury /dʒʊ́ri/ と読む。
  • イギリス発音では /ə/ を生かしてserious /sɪ́əriəs/, fairy /féəri/, jury /dʒʊ́əri/ と読む。

という“約束事”を残してしまった。「見たままを読めば発音できる」を目指すのであれば、これもカッコには頼らずに、米英別々の表記にするべきだったと今では思う。しかし当然、これにはスペースの問題が生じるため、将来の版で実現を目指すかどうかは現時点では分からない。

(b) 米音 merry=Mary=marry、英音 merry≠Mary≠marry の扱い

現状の表記は merry /méri/, Mary /mé(ə)ri/, marry /mǽri/ となっている。これはイギリス発音では全て別々の発音 /méri, méəri, mǽri/ となる。

アメリカ発音に関しては、このままの表記を開いて読むと /méri, méri, mǽri/ となる。しかしアメリカ発音の大部分では、/r/ の前で /e/ と /æ/ の区別がなくなって /e/ に統一されてしまい、結果的にこの3つの語は全て同じ /méri/ となるのが普通なのである。

日本人学習者の多くは /æ/ の発音の仕方を知ってはいても、敢えてそれを言わずに日本語の「ア」ないし英語の母音であれば /ɑː/ として発音してしまうことが多く見られる。つまり marry を [mɑ́ːri] と発音しがちなのである。しかし marry を /méri/ と発音することにしてしまえば、/e/ を「ア」としてしまうことはあり得ないので、この種の誤りを抑止できるはずである。実際に merry=Mary=marry の発音がアメリカで主流なのであれば、この措置をためらう理由はない、というのが僕の考えである。

そうなると当然、イギリス発音も併せた marry の発音表記は /méri | mǽri/ とすることになりスペースを余計に消費する。この種の単語がどれくらいの分量になるのかについて、見積もる必要もあるだろう。他方、Merriam-Webster の辞書(アメリカ発音のみ表記)では /méri, mǽri/(に相当する表記)になっており、marry が merry=Mary と区別される可能性を排除していない。しかしこの件に関しては教育的配慮を優先してもいいのではないか。この辺は考えどころである。

 

以上、3回に分けて『グランドセンチュリー英和辞典』第4版の発音表記の刷新について書いてきた。実際のところ、読者は発音表記をどの程度活用しているだろうか。読者はかなりの割合で電子辞書に移行してしまい、そこでは発音を直接聞くことができるので、発音表記を見ることはほとんどないという人も少なくないかも知れない。

しかし、直接聞いて真似をするというやり方は、英語の音韻体系を習得していて初めて有効となる方法である。その段階まで来ている学習者の割合はあまり多くないというのが僕の印象であり、そういう人は、発音表記を利用しないとなかなか「正しい」発音には到達できないであろう。以前のように、発音表記だけがあって、実際の発音を聞くことができないような状況では、実際のところ、発音表記だけでは正しい発音をするのにあまり役立ってはいなかったのかも知れない。しかし、今では実際の発音を聞くことが容易になっているため、発音表記と併用することで、正しい発音への近道を行くことができる。

今回の『グランドセンチュリー英和辞典』の発音表記を、そのための助けとして大いに活用して欲しいと思う。(そのためにも、この辞書が、電子辞書専用機への搭載は無理でも、スマートフォンのアプリ化されることを切に願いたい。)

 



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