英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


英語からの外来語で語末の /k/ が「キ」と転写されるものについて

その昔、大修館書店から出ていた月刊『言語』の巻頭エッセイ(言語学の専門家ではない人が書いたもの)に、ケーキやステーキは、英語では /k/ で終わるのに、何故日本語では「キ」で終わっているのかを話題にして、理由らしきものを考えていた記事がありました。(どの号で誰が書いた何という記事なのか、僕は全く覚えていないのですが、どなたかご存知の方がいたら教えて頂けると幸いです。)

当時、この記事を読みながら、そんなの、音声学的に簡単に説明がつくじゃないないか、何でわざわざこんな戯言を載せるのか、という感想を持ったのですが、当時はブログはおろか、インターネット自体がまだ存在していなかったので、思っただけで、どこかに書いて発表したりもしませんでした。

このことを、どういうきっかけだったか、ふと思い出して、さすがに今は誰ががネット上で説明していたりするんだろうなと予測して、検索をかけてみたのですが、簡単に調べた限りではそういうものが見つからなかったので、それなら僕がここに書き残しておく価値もあるのかなと思い、この記事を書くことにしたのでした。

最初に結論を書いてしまえば、これは /k/ の直前の母音が前寄りである場合に、/k/ の調音位置がそれに同化して [k̟] になり、これは日本語の「キ」に現れる /k/ の異音と似ているので、恐らくは実際に「キ」と聞こえていたものを書き取ったものだと考えられます。

昔は、綴り字や発音表記に頼らず、耳で聞いたものを転写する傾向が今よりも強かった、ということの現れなのでしょう。杖(walking stick)のことを、stick /stɪ́k/ の発音から「ステッキ」としたのに対し、現在 stick が含まれる外来語は例外なく「スティック」としているのは好対照ですね。

実を言うと、この「調音位置の順行同化」に気づいたのはテレビのコマーシャルからで、しかも英語ではなくフランス語でした。これはもう学生時代のことなので、30年ぐらいは前なのですが、フランスの香水 Parfum Bic のコマーシャルで、音楽に合わせて吐息で語る女性の声が、Bic をはっきり [bʲik̟ʰ] と言っており、「ビキ」としか転写できないような音だったのです。

フランス語の /i/ は、日本語ほどではないにせよ、英語よりははるかに強く、直前の子音を硬口蓋音化するため、直後の子音についても同様なのでしょう。しかし、これに気づいた後、英語も注意深く聞いてみたら、フランス語ほどではないとしても、やはり、同じ位置での /k/ が多少前寄りになっているのが聞こえたのでした。

これほど僅か、調音位置が前に移っただけで「キ」と転写してしまうのはやり過ぎではないかという感じも当然するのですが、現にそういう転写がかつては行われていて、それの根拠となり得るのは、これしかないのです。

以下、/k/ を「キ」と転写してある語の例です。スマートフォンのアプリ版の『スーパー大辞林3.0』(三省堂/物書堂)から拾いました。必要に応じて、同じ語ないし同音語を「ク」と転写している場合を対比してあります。

  • leek /líːk/ リーキ(ポロ葱) cf. leak /líːk/ は「リーク」と転写。「マスコミにリークする」
  • stick /stɪ́k/ ステッキ(杖) cf. スティック(棒)
  • nick /nɪ́k/ ネッキ(活字の部位名)
  • cake /kéɪk/ ケーキ
  • steak /stéɪk/ ステーキ
  • brake /bréɪk/ ブレーキ cf. break /bréɪk/ ブレイク(「ブレイクダンス」など) 
  • crimson lake /krɪ́mznléɪk/ クリムソンレーキ(真紅色の顔料)
  • deck /dék/ デッキ
  • jack /dʒǽk/ ジャッキ(押し上げ万力) cf.「差し込み口」の意味では「ジャック」。
  • milk shake /mɪ́lkʃèɪk/ ミルクセーキ  cf. 現在ではshake 「シェイク」、他に「シェーキ」も。
  • makeup /méɪkʌ̀p/ メーキャップ、メークアップ  ※後に母音が来ている例。
  • check /tʃék/ チッキ(鉄道で乗客が託送する手荷物。またその預かり証)cf. 現在生産的な転写は「チェック」
  • jacket /dʒǽkət/ チョッキ(これが語源とは知らなかった!) cf. 現在生産的なのは「ジャケット」
  • jug /dʒʌ́ɡ/ ジョッキ ※直前の母音が前寄りでないため異例。方言によっては前寄りの母音になる場合もあるかも知れないが…。


“英語からの外来語で語末の /k/ が「キ」と転写されるものについて”. への1件のコメント

  1. 通例は[u]が挿入されるのだが,前舌母音が先行するとその影響で前舌母音[i]が入る(母音調和の一種)かと思っていました。とりわけ明治期に借用された場合。strikeはストライキ・ストライクがありますが,前者は明治期の借用ですから。inkのインキ・インク,textのテキスト・テクスト,mixerのミキサー・ミクサー,extraのエキストラ・エクストラ,exciteのエキサイト・エクサイト,electricのエレキなども同様。pickピック,kickキック,pinkピンクなどはたぶん明治期以降の借用語でしょう。

    いいね

コメントを残す