英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


アメリカ英語の insure, insurer, juror の発音に見る /ʊɚ/ の衰退

タイトルに挙げた単語は最近アメリカのニュースで聞くことが非常に多くなっている。insure, insurer は、気候変動に伴い山火事が増えたり洪水が増えたりしたことで住宅に保険をかけることが困難になっているというニュース、juror は、前大統領かつ次の大統領選挙に立候補を予定しており、更に数多くの裁判で被告になっている人物のニュースでよく耳にする。(なお僕がアメリカのニュースと言う場合、想定しているのは主に National Public Radio である。このサイトで単語検索すれば目的の単語を含む音声を聞くことができる。)

これらについて、辞書に記載されている発音は、

  • insure /ɪnˈʃʊɚ, ɪnˈʃɚː/
  • insurer /ɪnˈʃʊ(ə)rɚ, ɪnˈʃɚːrɚ/
  • juror /ˈdʒʊ(ə)rɚ, ˈdʒʊ(ə)ˌrɔɚ/

である。但し、insurer, juror に関しては、以前書いた /ɚː, ɚ/ の連続がかかわるため、それを考慮した表記に直すと

  • insure /ɪnˈʃʊɚ, ɪnˈʃɚː/
  • insurer /ɪnˈʃʊɚɚ, ɪnˈʃɚːɚ/
  • juror /ˈdʒʊɚɚ, ˈdʒʊɚˌɔɚ/

となる。しかし、僕が聞いている範囲では、これらの単語で /ʊɚ/ が使われている例に出会ったことはない。insure, insurer についてはそれぞれ第2候補の発音が使われ、juror に至っては、辞書の記載にはない /ˈdʒɚːɚ/ と発音されている例ばかりである。

実際、 insure を Merriam-Webster で調べると、/ɪnˈʃʊɚ, ɪnˈʃɚː/ とある記載の /ɪnˈʃʊɚ/ にのみ付いている再生ボタンを押して聞こえてくるのは /ɪnˈʃɚː/ である。

他方、jurorでは /ˈdʒʊɚɚ, ˈdʒʊɚˌɔɚ/ の表記通りの発音が再生されるが、やや無理矢理発音したという感じが音声に出ている印象がある。これは日常使われる単語ではないので、ナレーターにとっても「日常の発音」がなく、指示された通りに発音した結果なのかもしれない。しかし、これが「日常語」になる裁判のニュースでは、これらの表記による発音ではなく /ˈdʒɚːɚ/ が使われるということなのだろう。

なお、これも以前 /ɚː, ɚ/ の連続がかかわる記事で書いたことだが insure /ɪnˈʃɚː/、insurer /ɪnˈʃɚːɚ/ という発音の区別([ɚ] の長さの違い)はあくまでも理論的なものである。英語には母音に長さのみによる区別がないため、事実上、/ɚː/ (1音節)と、それに /ɚ/ が追加された /ɚːɚ/ (2音節)の区別はない。つまり insure = insurer /ɪnˈʃɚː/ である。juror についても、上記では /ˈdʒɚːɚ/ と書いたが、/ɚːɚ/ = /ɚː/ なので、 /ˈdʒɚː/ という表記で十分である。つまりこの単語は1音節と見なして差しつかえない。

この母音を持つ他の単語も見てみよう。まずinsure, insurer に関連する sure の発音が、辞書では /ʃʊɚ, ʃɚː, ʃɔɚ/ となっているが、事実上は第2候補と第3候補、つまり /ʃɚː, ʃɔɚ/ しか使われていないと思われる。Merriam-Webster の sure のエントリーで /ʃʊɚ/ の再生ボタンを押しても、実際に再生されるのは /ʃɚː/ であることからそれが窺える。

juror の関連語 jury も、発音表記で提示されているのは /ˈdʒʊɚi, ˈdʒɚːi/ であっても、/ˈdʒʊɚi/ の再生ボタンを押すと、再生されるのは /ˈdʒɚːi/ に他ならない。

ことほど左様に、アメリカ発音の /ʊɚ/ 表記(Wellsの cure母音に相当)は信用ならない。poor に関しては、/pʊɚ/, /pɔɚ/ それぞれの再生ボタンは記号の通りに発音を再生してくれる。tour /tʊɚ/ も何とか記号通りである。しかし moor /mʊɚ/ を聞いてみると、再生される発音は /mɔɚ/ (= more) である。

信用できるのは今挙げた poor, tour の他には mature, manure ぐらいで、cure, pure に加えて endure でさえ /ʊɚ/ 表記なのに /ɚː/ が再生される。

もちろん、調べたのは Merriam-Webster だけなので、そこで再生される音声がアメリカ発音で最も一般的なものであるとは限らない。そもそも今回の記事は、 insure, insurer, juror では辞書とは違い /ɚː/ を使った発音ばかりニュースで聞こえてくるという話から始めたが、これは辞書の表記が実際に多く聞かれる発音とずれていることがあるという例である。発音表記だけでなく、添付されている音声も最も一般的であるとは限らない。

ただ、いくつもの単語の添付音声を再生してみて分かるのは、/ʊɚ/ 表記の単語をアメリカでレコーディングするときに、実際に /ʊɚ/ で発音させることが困難なのだろうという事情である。そういう発音を持ったナレーターを確保するのが難しくなっているのだと思われる。

それはつまり、アメリカ発音で /ʊɚ/ が衰退していることの表れなのだと僕は思う。



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