過去2本の記事(これとこれ)で、acknowledge, technology の最初の音節の末尾の /k/ が有声化して [ɡ] として発音される現象を観察した。これは次の音節が /n/ で始まり、前の音節が弱く次の音節が強いという音声環境で起きている。単語の中で固定された環境なので、音素 /k/ が音素 /ɡ/ に変化したものとして扱って差し支えない。
その後この現象は、次の音節の最初の子音が /n/ 以外の有声音の場合でも起きていることに気がついた。例えば、McDonald’s の Mc- の末尾は /k/ でなく/ɡ/ になり/mɪɡˈdɑːnl̩dz/ になることがとても多い。次はその例である。
Now boarding: America seizes an Iranian ship (The Intelligence from the Economist) より
20:20〜 Don Wineland (China business editor, The Economist) の発言
“And I was surprised to see this because I was actually going here to eat McDonald’s. And I was surprised how far down market these global fast food chains had gone.
McDonald’s was really buzzing.” およびこれ以降の7例
提供元: The Intelligence from The Economist: Now boarding: America seizes an Iranian ship、2026年4月20日
これは当然、後続の /d/ に同化して /k/ が [ɡ] になったものである。単語の中であり、固定した連続なので、これも音素 /ɡ/ になってしまったと見なす方が話が単純である。(なお、このPodcastのホストの1人 Rosie Blau による McDonald’s の発音では /k/ は有声化していない。)
後続音節が他の有声子音で始まる場合はどうなるだろうか?収集すべきは /b, dʒ, v, ð, z, m, l, r, w, j/ の例である。容易に思い着くのは McDonald’s と同様の Mc- で始まる人名(McBeth, McVeigh, McLaren, McReady, McWilliams など) だが、出会うのはなかなか難しそうだ。
以上は /k/ が実際に有声化して /ɡ/ になる例である。これに対して、音声的には変化がないのに /k/ が /ɡ/ に聞こえる例もある。これは後続音節が母音で始まる場合に聞かれる。次のようなものである。
When Kelly McEvers Was In Over Her Head (The Atlas Obscura Podcast) より
1:32〜
“I’m Kelly McEvers and this is Atlas Obscura, a celebration of the world’s strange, incredible and wondrous places. And here at the show, we ask people a lot of questions about the places they go. Sometimes we like to ask ourselves those questions too.”
提供元: The Atlas Obscura Podcast: When Kelly McEvers Was In Over Her Head、2026年4月13日
パーソナリティのKelly McEvers本人による発音である。本来は /məkˈevɚz/ のはずだが [məˈɡevɚz] のように聞こえる。
番組末尾の 13:22 あたりでもエンディングのクレジットとして名前を名乗っているが、同様の発音である。また、このPodcastではエンディングでスタッフロールを読み上げるのが通例で、他のパーソナリティが担当しているエピソードでスタッフロールに Kelly McEvers が出てくるものでも、同じく /k/ が /ɡ/ に聞こえる。つまり、これは個人の特徴ではない。
英語では強勢のある音節の最初の/ɡ/ は有声でないことが多く、事実上は無気無声音である。実はこの /k/ は、無気無声音であるために /ɡ/ のように聞こえているのである。
英語の強勢のある音節の冒頭の /k/ は帯気音である。ということは、英語の /k/ と /ɡ/ の区別は、この音声環境では中国語と同様に気音の有無によるものになっているということだ。一方、強勢のない音節では /k/ が無気音になり、/ɡ/ との区別は無声か有声かということになる。つまり音声環境により /k/ と /ɡ/ の区別を担う音声要因が違っていることになる。
上の発音表記に書いたように、McEvers は /məkˈevɚz/ のように /k/ と /e/ の間に音節の切れ目があると考えられる。これは、この人名が Mc + Evers という合成語であることによる。
つまり、通常の語中では、後続の母音が強ければ /k/ はそちらの音節に所属し、気音を伴う [kʰ] として発言されるのだが、ここでは「単語」の境界があるために次の音節が強くても /k/ は先行音節に所属し、そのような /k/ は無気音として解放される。音節の境界自体には音声的実体がないため、無気音の [k] が強い音節の冒頭にあるように聞こえているのだろう。それが /ɡ/ として聞こえる理由だと考えられる。
この無気音の [k] (=/ɡ/)は、前の音節が強くて次の音節が弱い場合(McIntosh /ˈmækənˌtɑːʃ/ )の /k/ と発音上の違いはない。そして、そのようなものはあくまでも /k/であり、/g/ に聞こえることはない。上にも書いたが、同じものが語強勢のパターンにより /k/ に聞こえたり /ɡ/ に聞こえたりする訳である。
その点、McEvers の /k/ が /ɡ/ に聞こえるのは、実際に有声化する acknowledge, technology, McDonald’s の場合とは異なる現象ということになる。
実際のところ、 /məkˈevɚz/ という表記から /k/ が無気音のため /ɡ/ に聞こえることを読み取るのは音声学の知識がない人にはハードルが高いと思う。後続音節に所属する /ɡ/ とみなして /məˈɡevɚz/ と表記した方が読みやすいと思われる。まして日本のようにIPAの強勢記号を使わずに母音記号の上にアクセント記号を振っている(プラス音節の区切りを発音表記では示さない)場合は尚更である。/məkévɚz/ 表記では /k/ を帯気音にした発音しか導けない。/məɡévɚz/ とした方がむしろ正しい発音で読めるかもしれない。(もちろん、日本語話者の母音間の /ɡ/ は [g~ɣ~ŋ] なので、それを克服して /ɡ/ を常に破裂音にできている人でないと、この表記を正しく使うことはできないのだが。)
なお、この /k/ の「有声化」(敢えてカッコつきで書く)の条件は、/t/ のたたき音化の条件(/t/ が音節末であること)と似ている。すなわち、/t/ は語中では後の音節が弱い場合(matter /ˈmætɚ/ など)、語末では次の単語が母音で始まる場合(put off のように次の母音が強い場合も含む)にたたき音化して [ɾ] となる。語中であっても whatever のように第1要素の末尾が /t/ である合成語では、/t/ が語末の場合に準じて弾音化が起こる。McEvers はこの条件とパラレルなのだ。
但し、/t/ のたたき音化の場合、英語では歯茎たたき音 [ɾ] が音節の最初に来ることはないので、これはあくまでも先行音節に所属する /t/(またはそれより稀だが /d/)として解釈される。その点はこの [k] の場合と異なっている。
他にも、/k/ であるはずのものが /ɡ/ に聞こえる例はある。discussed と disgust の発音を対比するとそれが分かる。それぞれの発音表記は日本の英語辞書ではそれぞれ /dɪskʌ́s/, /dɪsɡʌ́st/ と綴り字通りの区別になっているが、電子版(オンライン含む)の辞書でこれらの音声を聞き比べてみてほしい。discussed に音声がついている辞書は少ないので、ない場合は原形の discuss でも構わない。語末の /t/ 以外の違いは感じられないはずである。
そのためか Merriam では disgust の第1候補が /dɪˈskʌst/ と表記されており、discuss は /dɪˈskʌs/ なので、disgust = discussed である。音節冒頭の /s/ +無声破裂音 /p, t, k/ では強勢の有無に拘らず無気音になる。一方、繰り返しになるが強勢音節の冒頭の /ɡ/ (英語では音節冒頭に /sɡ-/ という子音連続はない)は有声にはならず無気無声音であるのが普通である。結局、この2つは同じ発音なのである。
Merriam はこの音を /k/ と解釈し、両者に /dɪˈskʌs(t)/ という表記を与えている。これは音節の切れ目を /dɪ-/ の後に想定しているからである(Merriam は音節の区切りを表記している)。しかし仮に音節の切れ目を /dɪs-/ の後に想定すれば妥当な表記は /dɪsˈɡʌs(t)/ となる。これでも同じ発音を導くことができる。語形成上は dis-cuss, dis-gust なので、それを考慮すればこの表記の方が妥当なのではないかと思う。
まして、日本式表記で discuss /dɪskʌ́s/ とされても、/s/ が前後どちらの音節につくのか判断がつかず、どう発音したらいいのかの指針にならない。/dɪsɡʌ́s/ ならその心配はない。
つまり、辞書の発音表記で /k/ とされているものの中には、実際の発音を導くために /ɡ/ と表記した方がいい場合が相当数存在すると言えそうだ。
なお、Merriam の disgust の発音としては、第1候補の /dɪˈskʌst/ に加えて第2候補 /dɪsˈɡʌst/ と第3候補 /dɪzˈɡʌst/ が示されている。ここまで書いてきたことから考えると、第1候補と第2候補は同じ発音を表しているようにも思えるが、第2候補は無気音の[k] に加え、実際に有声になっている [ɡ] も含んだ記述ということなのだろう。
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