英語の音声に関する雑記帳

Scribbles on English phonetics

certain の -tain は鼻腔解放 [tn̩] か

certain の発音は通常 /ˈsɚːtn/ と表記される。辞書によっては /ˈsɚːt(ə)n/ などと表記して、/t/ と /n/ の間に母音が入る可能性を示しているが、基本的には母音は入らず /t/ から直接 /n/ に鼻腔解放によりつながり [tn](あるいは [n] が音節主音となることを表記して [tn̩])となるというのが普通の説明である。これは button、kitten、flatten のように、綴り字 <t> + 母音字 + <n> (語末または子音の前)に対応する音節に強勢がない他の単語にも当てはまる。

しかしこれは実は正確なものではない。現実の音声はそのようにならないことの方が多いためである。

最近届いた American Speech (2026) 101 (1): 3–19 に掲載の論文 Chiara Repetti-Ludlow, “The Realization of /t/ and /ən/ in Words Like button: A Change in Progress on Long Island” (paywall) はアメリカにおいてこの音節の発音が世代によってどのように異なるのか、つまり音変化の途上にある可能性を調べた研究である。そして、その前提として、(アメリカ発音に)実際に存在する発音を簡潔にまとめてくれている。それによれば、基本的な発音は、声門閉鎖 [ʔ] の後に[n] がつながる [ʔn̩] であるとされている。

その他の可能性も含めてこの論文で言及されている発音には、次のようなものがある。

[ʔən] [tˀən]

[ʔn̩] [tˀn̩] [ʔə̃] [tˀə̃]

[ɾən]

([ɾn̩]) [ʔə̃]

[tən]

この中で、 [tˀ] は [t] のための歯茎閉鎖と同時に声門の部分的な閉鎖が起こる音を表す。これは歯茎閉鎖と声門閉鎖の二重調音 [ʔ͡t] と考えてもいいと思うが、一般にそのような扱いにはなっていないようだ。

この論文では、この [tˀ] と [ʔ] をまとめて「同じ音」として扱っている。同様に、[n̩] と鼻母音 [ə̃] も「同じ音」としてまとめられている。更に、[ə] 自体、もっと狭い [ɨ] をまとめて扱ったものである。ということは、[ə̃] には [ɨ̃] も含まれる。これらは恐らく、音響分析をする上で実際的に区別が困難なものをまとめたということだろう。

また、上記で括弧に入れた [ɾn̩] は、論文を普通に読んでいると存在しているように見える(/t/ を [ʔ] または [ɾ]、/ən/ を [n̩] または [ən] として、2×2=4種類の可能性を集計しているため)が、[ɾ] で舌先が歯茎をたたく動作をした後に [n] のための歯茎閉鎖を作るのだとすると、間に必ず何らかの母音が入らざるを得ない。それは結局 [ɾən] ということになり、4種類の可能性が3種類になってしまう。[ɾn̩] は調音不可能な連続であり、むしろ、[n̩] に一括されている鼻母音 [ə̃] であれば [ɾ] に後続することができるため、これは [ɾə̃] という意味だろうと推測した。

上記を見て驚かされるのは、/t/ が [t]、/n/ が [n] として実現された [tn̩] が、可能性のある音連続として挙がっていないことである。むしろ /t/ と /n/ の間に母音を入れた [tən] の方が、[ʔən] 的な発音の威信が下がり避けられるようになったためにユタ州で使われているという報告があるとのことだ。

このような記述を見ると、発音指導で、間に母音を入れずに鼻腔解放をして [tn̩] と言うように練習させていることに意味があるのかという疑問さえ湧いてくる。

とは言うものの、この論文は /t/ がこの音声環境で [ʔ] か [ɾ] のどちらかになるということを前提としており、それが故に [tˀ] を [ʔ] に一括して扱っている。しかし二重調音の [ʔ͡t] ならいざ知らず、声門閉鎖が部分的なものでしかない [tˀ] であれば、これを [t] の一種であると考える方が正当だと思う。つまり、2×2=4種類ではなく、/t/ を [t] または [ʔ] または [ɾ] のいずれかであるとする 3×2=6種類で調査するべきだったのではないか。

そう考えれば、[tn̩] が存在しないから鼻腔解放の練習は無駄なのではないかという疑問も多少は緩和される。但し [tˀn̩] において、[tˀ] から [n̩] に移るときに軟口蓋背面閉鎖(咽頭から鼻腔への通路の閉鎖)は確かに解除されるが、鼻腔「破裂」という感じにはならないだろう。声門における部分的閉鎖のために、声門から軟口蓋背面閉鎖および歯茎閉鎖までの空間の気圧はあまり高まっていないと考えられるからである。

実際のところ、[tn̩] と [tˀn̩] と [ʔn̩] の違いは、調音動作という点からは相当に微妙である。すなわち、

  • [tn̩]: 無声の歯茎閉鎖を作り、その次に軟口蓋背面閉鎖の解除と声帯の声立てを同時に行う
  • [tˀn̩]: 歯茎閉鎖と声門閉鎖を同時に作り、その次に軟口蓋背面閉鎖の解除と声帯振動による声立てを同時に行う
  • [ʔn̩]: 声門閉鎖を作り、その次に歯茎閉鎖の形成と軟口蓋背面閉鎖の解除と声帯振動による声立てを同時に行う

言葉で記述すると複雑に見えるが、要は、歯茎閉鎖を作るタイミングと、鼻音で声帯が振動する前に声門が開いているか閉じているかの違いでしかない。だからこそ、これらの音連続が同じ音韻形式の実現形になり得るのだ。

僕個人の観測範囲(主に各種 Podcast)では、最もよく聞かれる発音は [ʔən] であるという印象があるが、きちんと調べた訳ではなく、単にこの発音の意外性がそのように思わせているのかもしれない。

僕がこれまでに書いた教科書や発音解説では、あまり考えずに鼻腔解放を伴う [tn̩] であると記述してしまった。イギリス発音では母音を入れて [tən] になる傾向(同様に little などで側面解放の代わりに [təl] になる傾向)もあるため、機会があれば、このあたりの記述を改めなければならないと思う。

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