Abdul El-Sayed 氏は、アメリカ連邦上院のミシガン州の議席を獲得すべく民主党から立っている候補者である。
民主党内で勢力を伸ばしている所謂「急進左派」とされ(個人的には「急進」は言い過ぎではないかと思う)、予備選では穏健派の候補と激しく争った。世論調査では楽勝という予想が多かったが、左派的な候補者では無党派にアピールできず、本選挙で勝てないのではないかと恐れた民主党幹部が穏健派候補を後押したため、最終的にはほぼ五分五分で辛勝という形になった。本選挙に向けての世論調査では、現時点で共和党の候補と五分五分になっている。なおミシガン州は2024年の選挙では、上院は民主党が勝ったが、大統領は共和党のトランプ氏が勝ったという激戦州である。
この人物について、日本のメディアでは姓を「エルサイード」とする表記が使われている。
よく考えると、これは不思議な表記だ。「イー」の部分が /iː/ に対応するのだとして、その前の「サ」の母音はどれだろうか? /æ, ʌ/ は抑止母音のため、母音 /iː/ の前に来ることはない。弱母音 /ə/ も実は単語の中では母音の前に来ることはない(カラオケを表す karaoke が /ˌkærəˈoʊki/ ではなく /ˌkæriˈoʊki/ と発音されるのもそのためだ)。他に可能性があるのは /ɑː/(short o ではなく broad a に相当)だが、これだとすると「サ」ではなく、音引きをつけて「サー」と表記されそうだ。
実際の音声を聞いてみよう。僕の観察範囲でいちばんよく聞かれるのはこのような発音である。
“You know, Rogers’ reaction statement to the win included some dog whistles referencing terrorism and baselessly linking El-Sayed to the Muslim Brotherhood. You know, El-Sayed, who is the son of Egyptian immigrants, you know, he said he’s dealt with this his whole life. And he considers it baseless fear-mongering.”
提供元: Up First from NPR: Hormuz Negotiations, Michigan Senate Race, Trump Talks Economy、2026年8月6日
Hormuz Negotiations, Michigan Senate Race, Trump Talks Economy
これを発音表記すると /elˈsaɪˌed/ となる。英語の中で外来語としてこの綴り字を読もうとした場合にあり得る発音の一つだ。これをカタカナ表記するとすると「エルサイエド」になるだろう。
次によく聞かれるのは次のような発音である。
“But instead, you know, they’re in this posture where the polls suggest a really healthy lead for Ossoff, and things look a little more uncertain for El-Sayed in Michigan.”
提供元: The NPR Politics Podcast: A tale of two Senate candidates、2026年9月4日
発音表記すると /elˈseɪˌed/。通常の英語の綴り字の読み方に従うとこうなるだろう。カタカナでは「エルセイエド」が妥当だ。
あまり耳にすることはないが、次のような発音もある。
“Democratic voters picked Abdul El-Sayed, a former public health official turned podcaster, as their party’s Senate nominee.”
提供元: The Intelligence from The Economist: Socialist mobility: a telling Michigan vote、2026年8月6日
これは「エルサイード」と言っているように聞こえる。上述の通り、これを英語の発音体系に当てはめるのは一筋縄では行かないが、恐らく /ˌelsaɪˈiːd/ とするのが妥当だろう。/aɪ/ の第2要素と次の /iː/ が smoothing を起こして一体化していると考えるのである。このようなつながり方は、例えば employee /ɪmˌplɔɪˈiː/ でも聞かれる。
El-Sayed 氏は両親がエジプト出身であり、この姓もアラビア語からの転写である。「元々の」英語での発音はないため、複数の発音が流通してしまうのだ。そのため、ここで扱った
- /elˈsaɪˌed/
- /elˈseɪˌed/
- /ˌelsaɪˈiːd/
とは違う別の発音が存在する可能性もある。
カタカナ表記の話に戻ると、「エルサイード」と転写できる発音は確かに存在する。しかしこれはかなり少数派の発音に基づいていると言わざるを得ない。
このように発音して通じないということはないだろうが、本来なら多数派の「エルサイエド」にしておきたかったところだ。
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