国語辞典の外来語のエントリーには原語の記載があるのが普通である。ある日、ナッツ類に関して原語(英語)が複数形の例と単数形の例があることに気がついた。例えば三省堂の『大辞林』第4版ではマカデミアナッツは macadamia nuts と複数形、ヘーゼルナッツは hazelnut と単数形になっている。
このような違いには何か根拠があるのか、それとも単なる執筆規約の不備なのか。
そのことを考えるために、手許で見ることのできる(=電子版を所有している)各種国語辞典でナッツ類の記載を調べてみることにした。
- 『大辞林』第4版( 三省堂、2019)
- 『デジタル大辞泉』(小学館、2019)
- 『日本国語大辞典精選版』(小学館、2006)
- 『新明解国語辞典』第8版(三省堂、2020)
- 『三省堂国語辞典』第8版(三省堂、2021)
- 『三省堂現代新国語辞典』第7版(三省堂、2024)
- 『明鏡国語辞典』第3版(大修館書店、2021)
- 『岩波国語辞典』第7版新版(岩波書店、2011)
の8点である。
辞書により、どの程度の単語を拾っているのかという点には多くの違いがある。また、これは調べるまで気がつかなかったことだが、見出しの形式が「〜ナッツ」「〜ナツ」という違いもあった。
それぞれの辞書における各種ナッツ類の扱いを表にまとめてみた。単数形は sg、複数形は pl で表している。また、同じ単語で日本語表記に違いがあるものはまとめて示してある(ピーカンナッツ/ペカンナッツ、マカデミアナッツ/マカダミアナッツ、ココナツ/ココナッツ、ドーナツ/ドーナッツ、ピーナツ/ピーナッツ、バターピーナツ/バターピーナッツ)。ドーナツ/ドーナッツはナッツ類ではないが、単語としてはナッツ類に準じるものとして調査の対象とした。ウォルナット/ウオルナット/ウォールナットは果実ではなく木材を洗わしている単語だが、参考までに含めた。
| 大辞林 | 大辞泉 | 日国 | 新明解 | 三国 | 現代新 | 明鏡 | 岩波 | |
| ナッツ | pl | pl | pl | sg | pl | pl | pl | pl |
| カシューナッツ | pl | pl | pl | sg | sg | pl | pl | |
| ハードナッツ | sg | |||||||
| ピーカンナッツ | pl | sg | ||||||
| ペカンナッツ | pl | |||||||
| ピスタチオナッツ | pl | |||||||
| ブラジルナッツ | sg | sg | ||||||
| ヘーゼルナッツ | sg | sg | sg | sg | sg | sg | ||
| マカデミアナッツ | pl | sg | sg | pl | ||||
| マカダミアナッツ | sg | sg | ||||||
| ココナツ | sg | |||||||
| ココナッツ | sg | sg | sg | sg | sg | sg | sg | sg |
| ドーナツ | sg | sg | sg | sg | sg | sg | ||
| ドーナッツ | sg | |||||||
| ピーナツ | pl | sg | pl | |||||
| ピーナッツ | pl | sg | sg・pl | sg | sg | pl | pl | sg |
| バターピーナツ | pl | |||||||
| バターピーナッツ | pl | |||||||
| ウォルナット | sg | |||||||
| ウオルナット | sg | sg | ||||||
| ウォールナット | sg | sg | sgg | sg | sg |
この表を見ると、どの辞書についても、どの単語についても、何らかの規則性を見出すことは難しい。執筆の規約に原則が定められていなかったのだろう。語釈の一部でしかないので、これで実害はないのだが、このように扱いがバラバラなのは「作品」として美しくないなと感じる。
但し、ココナツ/ココナッツについては、ココヤシの実ではなく、その胚乳を乾燥させておろしたものであり、物質名詞と見なされるので、どの辞書でも単数形が記載されているのは妥当だろう。木材を表すウォルナット/ウオルナット/ウォールナットについても同様である。
なお、ナッツ類を表す単語は合成語なので、第2要素の最初の拍にアクセントが来るのが基本である。しかしココナツ/ココナッツ、ドーナツ/ドーナッツ、ピーナツ/ピーナッツはその法則には当てはまらず、最初の拍にアクセントがある。このことと、~ナツ/~ナッツの表記の揺れは連動しているように見える。
ココナツ/ココナッツ、ピーナツ/ピーナッツでは「~ナッツ」表記が優勢なのに対し、ドーナツ/ドーナッツではドーナツが優勢なのは、やはりドーナツ/ドーナッツがナッツ類ではないからなのだろう。
なお、カナが「〜ツ」となっているからといって、原語の /-ts/ (つまり複数形)を転写したとは限らない。下記のように、/-t/ のものが「〜ツ」となっている例があるからである。
/-t/ が「〜ツ」と転写されている外来語
スーツ suit
シャツ shirt
カツレツ cutlet
ミニッツステーキ minute steak
これらは恐らく比較的古い外来語に属している。英語の母音がつかない子音を転写する場合、普通は対応するウ段で行う。マップ(map)、バック(back)、ナイフ(knife)、ルーム(room)など。これに対し、/-t, -d/ に関してはオ段が基本である。ペット(pet)、カード(card)など。しかしこれを他の子音の場合に合わせてウ段とすると /-t/ に関しては「〜ツ」となり、ここでの例はそれにあたると考えられる。他方、/-d/ がこれとパラレルに「〜ヅ」(「〜ズ」)となる例はない。
全くまとまりのない記事になってしまったが、国語辞典の編集をする方々の参考になる可能性もあると考えて公開する。問題はナッツ類だけではなく、外来語の原語記載全体に及ぶものになると思われるが、規約を整備して記載を統一しても、審美的な意味しか持たないかもしれない。
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