英語の音声に関する雑記帳

英語の発音について徒然と


つづり字 ngに対応する発音について

英語のつづり字 ng に対応する発音は、語末で /ŋ/、語中で /ŋɡ/ というのが原則である。つまり sing /ˈsɪŋ/ に対し、finger /ˈfɪŋgɚ/, language /ˈlæŋgwɪdʒ/ となる。

但し、語中で /ŋ/ となる例も多い。これは、ng で終わる単語に母音で始まる接尾辞がついている場合である。例として sing|er /ˈsɪŋɚ/, long|ish /ˈlɒŋɪʃ/ が挙げられる。

しかしこれには例外があり、形容詞の比較変化では、接尾辞がついたものでも /ŋg/ になるとされる。young|er /ˈjʌŋgɚ/, strong|est /ˈstrɒŋgəst/ になるということである。(この場合、発音上の境界は、ここに書いた形態上の境界とは違ってnとgの間にあることになる。)

ここまでは、英語音声学の教科書であれば必ず書いてあることである。西暦2000年頃には、これは閏年の法則と似ていますねという話を授業でしていた。すなわち、西暦が4で割り切れる年は閏年だが、100で割り切れる年は例外的に閏年でない。しかしその中でも更に400で割り切れる年は例外で閏年になる。だから西暦2000年は例外の中の例外で閏年なのだと。(もしかしたら、それよりも長いスパンでは400で割り切れても閏年にならない年もあるのかもしれないが、それはまた別の話。)

実は、形容詞の比較変化には留保が必要である。young, strong, long 以外の日常語で、もう一つ ng で終わる形容詞に wrong があり、この単語の比較変化は普通は more, most を使うが、まれな変化形として接尾辞 -er, -est を使う形も存在する。これには /g/ が入らずに、wronger /ˈrɒŋɚ/, wrongest /ˈrɒŋəst/ となるのである。https://www.merriam-webster.com/dictionary/wrong

そういう訳なので、/g/ が入る発音は形容詞の比較変化一般の話というよりは、むしろ young, strong, long の3語に個別的な現象だと考える方が妥当である。そもそも、ngで終わる形容詞は、ほぼこれで尽きているのだから。

もう1つ、つづり字ngに関しては、/ŋ/ と /ŋg/ の区別がどの程度絶対的なものなのかという問題がある。これこそが今回の記事で書きたかった話である。

近著のために、アメリカ人ナレーター2名を使って付属音声のレコーディングをしたのだが、2人のうち1人はこの区別が怪しかったのである。彼女は個別音の解説のところでは確かに younger に /g/ を入れた発音をしていたのだが、文の形の用例の中では /g/ を落として発音していた。レコーディングに際しては、しっかりモニターして間違いがあったらやり直してもらっていたのだが、単語では徹底できても、文では残念ながら不十分になってしまったことが後になってわかった。

モニターし損ないの発音が残ってしまった訳だが、これを単なる言い間違いとして片付けるべきではないのかもしれない。そのナレーターはアメリカ人であるとはいえ日本在住なので、主流のアメリカ発音から外れてしまっているという可能性はある。それでも母語話者として、これで問題なく言語生活を送れているという事実は重要である。

『日本人のための英語音声学レッスン』と同様、この本でも僕は、レコーディングを先に行い、それに合わせて本文を書くという手順をとった。解説と音声の食い違いという、発音を扱う本として最も避けなければならない事態を招かないためである。そういう訳で、この音声に関しては、教科書的な発音とは違うが、こういう発音も現実に存在するという記述をおこなった。

この逆、つまり /ŋ/ であるはずの場所で /ŋg/ と発音している例にも最近気がついた。いや、これに最近気づいているようでは、僕も注意力が足りなかったと言わざるを得ない。何しろ『日本人のための英語音声学レッスン』の付属音声に入っているものだからである。/ŋ/ を扱っている Comparison 4-9 で、singer と finger を対比して発音している男性ナレーターが、singer の方でも /g/ を入れた発音をしていることは、注意深く聞いた人なら気がついていたことだろう。

少しだけ言い訳をさせてもらえば、レコーディングに一緒に立ち会ってくれた 英語方言学者の Jim Hartman も、レコーディングスタジオのオーナーでレコーディング自体を取り仕切ってくれた Jerry Johnson も、これには全くコメントしていなかった。恐らく気がつかなかったのだろうし、気がつかない程度の違いでしかなかったとも考えられる。とはいえ、音声と解説の乖離を避けるために先にレコーディングしたにもかかわらず、この事実を本文に反映できなかったのは確かで、これを書いていた当時、17年前の自分には、もっとしっかりしろと言いたい。

考えてみれば、鼻音をめぐる調音動作のずれは英語ではありふれた現象である。咽頭から鼻腔への通路を開閉する軟口蓋の動作は舌などに比べるとずっと緩慢なため、むしろ、ずれがある方が当たり前だとさえ言える。

鼻音の前の母音は鼻音化しない方が珍しい。senseのような単語で /n/ と /s/ の間に /t/ が入って cents と同音になったり、length, strength で /ŋ/ と /θ/ の間に /k/ がある発音とない発音があることも、鼻腔への通路を閉じる動作が緩慢なため、早めに動き出さなければ摩擦音まで鼻音化してしまうが、早すぎると鼻音の最後が破裂音になってしまうという理由づけができる。

もっと言えば、English, England には、/ŋ/ の次に /g/ がある発音とない発音が両方とも辞書に記載されている。

結局、語中での /ŋ/ と /ŋg/ の区別は、練習はするけれども、不可欠な区別とまでは言えないのではないか、という主旨のことを解説に入れた。それが本当に妥当な判断なのかどうかは何とも言えないが、事実として発音に現れていることを重視し、調音上起こりやすいプロセスであることも考慮した。

この例に限らず近著では、付属音声に現れている現象が音声学の専門書の記述や辞書の記載と合わないとしても、現に存在する発音としてそれを尊重する記述を行うようにしている。先にレコーディングを行った以上、それ以外の選択肢など最初から存在しなかったのだが、これは音声学を専門とする人間としての矜持なのだ。

他にも一般的な記述と合わない現象が近著の音声には含まれている。これらについても、今後記事にしていきたいと思っている。



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